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2013年9月24日 (火)

人のパワーと神の力は異なるもの

「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。」(Ⅰコリント 1:18)

プラスのパワーをもらえるところに、人は群がる。
自己啓発やカウンセリングのセミナーが、人気を博している。
それもある程度は、解放を得られるだろう。
しかし、時が経つにつれて、パワーがなくなり、リバウンドすることになる。
応急処置にはなるが、根本的な部分は、なおも解消されずに、深い部分に眠って
いる。
神の力は、人の目には、一見愚かに見える。
自分を捨て、高ぶりを捨て、へりくだって神のもとに来なければ、知ることので
きない道である。
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十字架上で、主イエスは言われた。「主よ。彼らをお許しください。彼らは、何
をしているのか自分でわからないのです。」と。
強そうに見える人に、頼りたい思いが人間にはある。
私たちは、皆、「何をしているのか自分でわからない」神から的を外してしまう
罪の性質を持って、この世に生まれている。
力がなくなった時には、「何をしているのか自分でわからない者です。どうすれ
ばよいか教えてください。」と、まず神の前に聞いていこう。
その時、神の力が、注がれる!!

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