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2012年12月 8日 (土)

赦しは主から下るもの

「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。」(ヘブル 12:5)

主の愛に堅く立つなら、自分を責める必要はないのであるが、私たちは、いつも主の愛に立っていられるほどに、完全ではない。
絶えず罪への誘惑があり、ともすると、ふらっと罪を犯してしまいやすい弱さを持っている。
ここでいうところの罪は、刑法にふれるような犯罪ではなく、神から離れることによってもたらされた罪である。
愛のない行為、自己中心、正しくない思い、無関心…
そのような私たちに、神は御自身の似姿に近づけようと、苦しみの道を歩ませられる。
苦しみの中で、罪への自責の念が起こる。身に覚えのある自責であり、払拭できないものである。
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しかし、罪は自分で処理できるようなものではないことを覚えておこう。
主の前に降参し、主の十字架での贖いは、私自身のものであったことを認め、主の赦しをいただこう。
握りしめている思いを主に差出し、主に委ねて、主とともにしっかり歩もう。
主がすべてを益に、織りなして下さる。
時が来て、すばらしい主のみわざを見るだろう。
その希望を抱きつつ、弱り果てることなく、主の愛に立ち返ろう。

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