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2012年1月10日 (火)

罪に対する悲しみ

「あなたが、この場所とその住民について、これは恐怖となり、のろいとなると、わたしが言ったのを聞いたとき、あなたは心を痛め、主の前にへりくだり、自分の衣を裂き、わたしの前で泣いたので、わたしもまた、あなたの願いを聞き入れる。――主の御告げです――」(Ⅱ列王記 22:19)

 

宮の破損を修理しようとした時に、宮で見つかった律法の書。ヨシヤはそこに書かれたことに衝撃を受けた。律法に従わなかったために、自分たちに向かって燃え上がっている主の怒りを知り、女預言者フルダのもとにみこころを求めに、使者を遣わした。フルダは、主の怒りは消えることがないと語ると同時に、へりくだったヨシヤへ、主のあわれみのことばを取り次いだのであった。

 

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自分たちに語られる罪とさばきを真摯に受け止め、嘆き悲しむことは、罪の性質を持つ私たちにとって、たやすいことではない。信頼とへりくだりを要することだ。「みんなやっているじゃないか」とか、「これくらいいいじゃないか」とか、「そう言うお前だってあんなことをしたじゃないか。」とか言い訳するのが、肉にある私たちである。罪にマヒしないための予防法は、罪に対して嘆き悲しむ心を失わないことである。ヨシヤは罪に対し、「先代までの王がもたらしたものだ。」「父アモンや祖父のマナセが犯したことで、仕方がない」とは言わず、自らの罪として心を痛め嘆いたのであった。その心を主は喜んでくださった。罪に対する嘆きを忘れないようにしよう。

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