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2011年12月

2011年12月27日 (火)

あっちもこっちも?

「彼らは主を礼拝しながら、同時に、自分たちがそこから移された諸国の民のならわしに従って、自分たちの神々にも仕えていた。」(Ⅱ列王記 17:33)

 

サマリヤがアッシリヤに取られ、イスラエル人はアッシリヤに捕え移された。それは、イスラエル人が主の道に歩まず、他の神々に仕えることをやめなかったからであった。アッシリヤの王は、イスラエルの人々の代わりに、周囲の国々から人々を連れてきて、サマリヤに住ませた。その民は主を恐れることを知らなかったため、獅子が送られ彼らを殺した。アッシリヤの王は、捕えていった祭司のひとりを連れてきて、ベテルに住まわせ、主の礼拝を教えさせた。しかし、サマリヤの人々は、めいめい自分たちの神々を安置し、祭儀を行った。これ以来ずっと、サマリヤの人々は、主を恐れ、同時に、刻んだ像にも仕えた。

 

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神はただおひとりである。そうでなければ、もはや、完全なる神ではない。「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。」と主イエスは言われた。ただ、神だけを愛し、恐れていこう。

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2011年12月26日 (月)

地面を打て

「神の人は彼に向かい怒って言った。『あなたは、五回、六回、打つべきだった。そうすれば、あなたはアラムを打って、絶ち滅ぼしたことだろう。しかし、今は三度だけアラムを打つことになろう。』」(Ⅱ列王記 13:19)

 

死の間際のエリシャのもとに、イスラエルの王ヨアシュが訪ねてきた。頼りのエリシャの死を前に、敵のアラムに対し、これからどうすればよいかと思ったのであった。エリシャは、王に、弓に手をかけさせ、アラムに面する東の窓を開けさせ、矢を射させ、「主の勝利の矢。あなたはアラムを打ち、これを立ち滅ぼす。」と告げ、矢を取って地面を打つように言った。ヨアシュは矢を取り、3回打ち、やめたのであった。

 

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預言者であるエリシャは、矢は勝利の矢だと言ったのである。あなたは、これでアラムを打つと。ヨアシュが本当に、敵に勝ちたく、エリシャのことばを真剣にとらえたなら、ダン、ダン、ダン…と何度も激しく打ち付けたはずのところである。ヨアシュは言われたとおりに、矢で地面を打った。しかし、ヨアシュは、何も考えずにか、トン、トン、トンと三度でやめてしまったのであった。信仰の戦いには、従順だけではなく、熱意も必要である。従順だけであっても、そこそこの勝利はあるだろう。大勝利を願うなら、熱心に主を呼び求めることが必要である。主は、勝利を約束された。私たちは、熱心に地面を打ちたたき、そのことを求めようではないか。

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2011年12月21日 (水)

選びと祝福

「そこに行ったら、ニムシの子ヨシャパテの子エフーを見つけ、家にはいって、その同僚たちの中から彼を立たせ、奥の間に連れて行き、油のつぼを取って、彼の頭の上に油をそそいで言いなさい。『主はこう仰せられる。わたしはあなたに油をそそいでイスラエルの王とする。』それから、戸をあけて、ぐずぐずしていないで逃げなさい。」(Ⅱ列王記 9:2,3)

 

イスラエルでは、アハブの子のヨラムが王となっていた。
主は、アハブの家へのさばきのために、エリシャに仕える若者を遣わし、エフーに油を注がれた。
そこで、アハブの妻イゼベルがなした諸悪のために、アハブの家の者を打ち殺すように告げられたエフーは、謀反を起こし、アハブの家に属する者をことごとく滅ぼした。
エフーは、バアル礼拝をも根絶やしにし、改革を行った。
エフーは主が定められた働き―アハブの家へのさばき―をことごとく行い、4代目までの子孫が王座に着くことを約束された。
が、エフーは、心を尽くして主と歩もうとはせず、金の子牛に仕えることをやめようとはしなかった。
このころから、主は敵の手によってイスラエルを少しずつ削り始められた。

 

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主の定められた働きが大きければ、聖く正しい人物であるとは限らない。
主は、ある目的のために用いようと思う者を用いられる。
主に用いられる時は、その選びを、厳粛に受け止めなければならない。
心を尽くして神を愛し、従うことが肝要である。
主を知ることを怠り、慢心して歩むなら、委ねられた働きが大きくとも、祝福を得ることができない。
逆に、どんなに小さく見える働きであろうとも、心を尽くして主を愛していくなら、祝福が増し加えられていく。
主に信頼して歩もう。

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2011年12月20日 (火)

希望を失った時は…

「 しかし、侍従で、王がその腕に寄りかかっていた者が、神の人に答えて言った。『たとい、主が天に窓を作られるにしても、そんなことがあるだろうか。』そこで、彼は言った。『確かに、あなたは自分の目でそれを見るが、それを食べることはできない。』」(Ⅱ列王記 7:2)

 

アラムがサマリヤを包囲したころ、サマリヤではひどいききんがあった。それは、自分の子どもを食べるほどのひどさであった。この惨状に、王の使者は、「これは主からのわざわいだ。これ以上、何を主に期待できようか。」と言ったが、エリシャは、「明日の今ごろ、サマリヤの門で、上等の小麦と大麦が豊かに売られる。」と預言した。その預言の言葉を聞いた侍従は、「たとい、主が天に窓を作られるにしても…」と答えたのであった。エリシャが告げたとおりに、侍従は、小麦や大麦が売られる光景を前に、民に踏みつけられて、死んでしまったのであった。

 

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同じ惨状を通っても、「ああ、もうだめだ。主がともにいても、助からない。」と言う人と、「主に不可能なことはない。みこころは必ずなる。」と言う人がいる。結果は、大きく異なってくる。「もうだめだ」という思いが湧き上がった時は、主の愛を思い出そう。主はあなたを愛し、あなたを救うために、十字架にかかってくださったのだということを。主を信頼し、主が示して下さる希望への道を突き進んで行こう。助けは必ずやってくる。

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2011年12月19日 (月)

「主は生きておられる」

「そのとき、神の人エリシャに仕える若い者ゲハジはこう考えた。『なんとしたことか。私の主人は、あのアラム人ナアマンが持って来た物を受け取ろうとはしなかった。主は生きておられる。私は彼のあとを追いかけて行き、必ず何かをもらって来よう。』」(Ⅱ列王記 5:20)

 

アラムの王の将軍ナアマンはらい病にかかっていた。ある日、サマリヤの預言者がらい病を直せることを聞き、エリシャのもとにやってきた。ヨルダン川に七たび身を浸すように言われ、怒って帰ろうとしたが、思いとどまり、エリシャに告げられたとおり、やってみた。すると、らい病がいやされ、きよくなった。イスラエルにいる神の存在を知ったナアマン将軍は、お礼に贈り物を贈ろうとした。しかし、エリシャは「私が仕えている主は生きておられる。私は決して受け取りません。」と、頑として受け取らなかった。主を讃え、帰途に着いたナアマンが、かなりの道のりを進んだとき、エリシャに仕える若者ゲハジは、「主は生きておられる。必ず何かもらって来よう。」と思い、ナアマンを追いかけた。銀と晴着を要求し、受け取ったゲハジは、エリシャの前に出て、「どこにも行かなかった」と偽ったときに、らい病に侵されたのであった。

 

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「主は生きている」と、謝礼の贈り物を受け取らなかったエリシャ。「主は生きておられる」と、必ず何かもらってこようという決意を実行したゲハジ。ゲハジは、エリシャのもとで、同じ神のわざをたくさん見てきた。シェネムの女の息子が生き返った時にも、側にいた。この奇蹟を拝し、ゲハジは何を見てきたのだろうか。利得、誉れ…そのようなものに人は心を奪われやすい。エリシャは自分に向けられた贈り物は受け取らず、ナアマンに主への礼拝のための土を与えた。「主は生きておられる」と同じ言葉を用いているが、ゲハジの言葉は、自分が主体となっていた。「主は生きておられる…から私(たち)は受け取るべきだ」と。主体となってしまう自分はいないか。一時の快楽に惑わされることなく、よく吟味し、主の祝福にとどまろう。

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2011年12月18日 (日)

信仰によって

「ご覧。あのシュネムの女があそこに来ている。さあ、走って行き、彼女を迎え、『あなたは無事ですか。あなたのご主人は無事ですか。お子さんは無事ですか。』と言いなさい。」それで彼女は答えた。「無事です。」(Ⅱ列王記 4:25,26)

 

シェネムにひとりの裕福な女がいて、エリシャが通りかかるごとに、エリシャに食事をふるまうようになった。女は、エリシャが休むことができるようにと、屋上に小部屋も作って、もてなした。エリシャは、お礼をしたいと、子どもがいなかった彼女のために、子どもを与えた。その子が大きくなったある日、突然の頭痛で、息を引き取った。その時、母である女は、エリシャのもとにかけつけた。そして、若い者ゲハジに「お子さんは無事ですか。」と聞かれ、「無事です。」と答えたのであった。

 

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強がりでも偽りでもない。「神の人エリシャのことばで授かった子なのだから、エリシャが何とかしてくれる。そもそも、生まれたことも奇蹟であった…」子が自分のひざ元で死んで、平気なわけがない。動転していたことだろう。それでも、信仰に立って、エリシャのもとにやってきたのであった。エリシャが主に祈ると子は生き返ったのである。突然、降りかかった不幸に「無事です。」と答えたシャネムの女のように、信仰をもって主の御前に持って行こう。主が言われるまで、あきらめてはならない。勝利の人生を歩んで行こう。

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2011年12月14日 (水)

預言

「 彼は答えました。『私が出て行き、彼のすべての預言者の口で偽りを言う霊となります。』すると、『あなたはきっと惑わすことができよう。出て行って、そのとおりにせよ。』と仰せられました。」(Ⅰ列王記 22:22)

 

イスラエルの王アハブがラモテ・ギルアデに戦いを挑もうと、ユダの王ヨシャパテに応援を頼んだ。ヨシャパテは、まず、預言者にみこころを聞くことを願った。アハブは、四百人もの預言者を呼び寄せた。預言者たちは、口をそろえて、「戦いに行け。勝利する。」と述べた。ヨシャパテが、「他に主のみこころを求めることのできる預言者はいないのか」と聞くと、アハブは、「もう一人、ミカヤという、私については良いことは預言せず、悪い預言ばかりする預言者がいる」と答えた。ミカヤは、「アハブを倒すために、預言者たちは惑わされているのだ。」と語ったのであった。

 

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主のことばを退け続けているアハブに、預言者たちは真実を語らなかった。よい預言ばかりを求めていては、主の真実が見えなくなる。預言は100%真実であるとは限らない。主ご自身を愛し、へりくだった心で主の喜ばれることをしよう。主のみこころが見えてくる。

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2011年12月12日 (月)

支えとなる祈り

「七度目に彼は、「あれ。人の手のひらほどの小さな雲が海から上っています。」と言った。それでエリヤは言った。「上って行って、アハブに言いなさい。『大雨に閉じ込められないうちに、車を整えて下って行きなさい。』」」(Ⅰ列王記 18:44)

 

カルメル山でのバアルの預言者たちとの戦いで、民の面前で、主とバアルの違いを明らかにし、バアルの預言者たちを一掃した後、エリヤは、アハブに「上って行って飲み食いしなさい。激しい大雨の音がするから。」と言った。エリヤは、先ほどの戦いの祭壇の場のカルメル山に登り、地にひざまずいて祈った。それから若者に海が見えるところに上って行かせた。「何も見えません。」と報告する若者に、7度繰り返させ、7度目に手のひらほどの小さな雲が海から上っているのが見えた。小さな雲だったが、やがてエリヤが言ったとおり、激しい大雨となったのである。

 

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エリヤは「アハブに会いに行け。わたしはこの地に雨を降らせよう。」という主のことばによって、アハブのもとに遣わされたが、雨が降る気配は全くなく、晴れ渡った空には、小さな雲ひとつない状態だった。そのような中、エリヤは、アハブに大雨を宣言し、「雲ひとつ見えない」と報告する若者が行き来する間も、揺るがなかった。エリヤには、主の言われたことは、絶対であると信じていた。王に殺されそうな目に合いながらも、主を信じることができたのは、祈りの中、主の真実をいつも体験させていただいていたからである。弱さを覚えた時、どこにいても、必ず主が励ましを与えてくれた。時にはからすを、また別の時は天使を遣わして…。私たちもエリヤのように、へりくだり、ひざまずいて祈ってみよう。主のなさろうとすることが見えてくる。

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2011年12月11日 (日)

祈りの効用

「主はエリヤの願いを聞かれたので、子どものいのちはその子のうちに返り、その子は生き返った。」(Ⅰ列王記 17:22)

 

主は、貧しさのあまり死のうとしているひとりのやもめを用いて、エリヤを養われた。ある日、このやもめのひとり息子が病気になり、息を引き取ってしまった。「神の人よ。あなたは私の罪を思い知らせ、私の息子を死なせるために来られたのですか。」と言うやもめから、エリヤは息子を受け取り、部屋にこもって祈った。「主よ。私を世話してくれたこのやもめにさえもわざわいを下して、彼女の息子を死なせるのですか。どうか、この子のいのちをこの子のうちに返して下さい。」と。三度祈ったとき、主はエリヤの願いに答えられた。

 

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エリヤが祈らなかったら、この息子は生き返ることはなかった。やもめは自分の罪を自覚していた。かけがえのない息子が死んだ時、神の人エリヤに悲しみをぶつけた。エリヤには、「神は死人をも生き返らせることができる」という信仰があった。エリヤが祈った時、息子は生き返り、やもめは主のことばの真実を知った。祈ることなしには、何も起こらない。信仰によって祈ることが、祝福を受ける道である。主に祈っていこう。

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2011年12月 9日 (金)

計り知れない神のみわざ

「『主はこう仰せられる。上って行ってはならない。あなたがたの兄弟であるイスラエル人と戦ってはならない。おのおの自分の家に帰れ。わたしがこうなるようにしむけたのだから。』そこで、彼らは主のことばに聞き従い、主のことばのとおりに帰って行った。」(Ⅰ列王記 12:24)

 

ソロモン亡き後、息子レハブアムが王になったが、ユダ部族以外の全イスラエルは、ヤロブアムについた。レハブアムは、王位を取り戻すために、イスラエルと戦おうとした。その時、神は、「あなたがたの兄弟であるイスラエルと戦ってはならない。わたしがこうなるようにしむけたのだから」とおっしゃられた。分裂を起こされたのは、神であった。アモン人を母に持つレハブアムは、高き所や石の柱やアシェラ像を立て、主に罪を犯した。そのような民をもはや一つにはしておけず、主は、民を散らしてでも、信仰を継承していく道を計画されていたのである。
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理解できないような悪いことの中にも、主の良き計画がある。そしてそれは、罪人である私たちの幸せのための計画である。どのような中にあったとしても、悔い改めるべきことを悔い改めたなら、主に信頼して、主にすがって行こう。どのような中にも、主の守りがある。

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2011年12月 8日 (木)

神に従って行こう。

「ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、主と全く一つにはなっていなかった。」(Ⅰ列王記 11:4)

 

ソロモンに与えられた海辺の砂浜のように広い心は、御霊の実の一つである寛容とは違う方面にも向いて行った。ソロモンはエジプトのパロの娘だけではなく、多くの外国の女(七百人の王妃と三百人のそばめ)を愛して、主が注意を与えられても、離れなかった。この妻たちが、ソロモンの晩年に、彼の心を主から離し、彼女らの持ち込んだ多くの神々に向けた。そのため、神は、ソロモンに敵対する者を起こされ、イスラエルの王国を分裂に向かわせられた。しかし、ダビデと神がお選びになったエルサレムのために、ソロモンの子にも一つの部族を残されたのであった。

 

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誰にも、与えられたよいものがある。神に向かえば、それはすばらしい品性となって、輝きを放つ。しかし、肉の欲のままにふるまっていけば、それは人徳どころか、あざけりの対象となっていく。神が私たちに与えられている注意は、私たちの幸せのためのものである。神の愛を軽んじることなく、従って行こう。

 

 

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2011年12月 7日 (水)

広い心で祈ろう

「あなたご自身が、あなたの御住まいの所である天でこれを聞き、その外国人があなたに向かって願うことをすべてかなえてください。そうすれば、この地のすべての民が御名を知り、あなたの民イスラエルと同じように、あなたを恐れるようになり、私の建てたこの宮では、御名が呼び求められなくてはならないことを知るようになるでしょう。」(Ⅰ列王記 8:43)

 

ソロモンは海辺の砂浜のように広い心が与えられていた。宮が完成し、ソロモンは祈った。イスラエルの民が、悩みの中、この宮に向かって両手を差し伸べて祈るとき、どのような祈り、願いも、赦し、またかなえて下さい、と。遠方から神の民ではない外国人が宮に来て祈るときも、主を知るために、その願うことをすべて答えて下さい、と。

 

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私たちも祈ろう。主の宮で祈られる祈りがすべて答えられるようにと。そこから主への恐れが起こり、主の御名があがめられ、主の栄光があふれるように。主イエスの御名が置かれているすべての教会の上に、主の栄光が現れますように。

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2011年12月 6日 (火)

関係を祝福される神

「さて、ツロの王ヒラムは、ソロモンが油をそそがれ、彼の父に代わって王となったことを聞いて、自分の家来たちをソロモンのところへ遣わした。ヒラムはダビデといつも友情を保っていたからである。」(Ⅰ列王 5:1)

 

ツロは、大きな港を持ち、交易が盛んな町であった。そのツロの王ヒラムは、ダビデと友好関係にあり、ダビデが王となった時には、ダビデのために王宮を建てさせていた。ダビデの後継にその息子ソロモンが油注がれ着任したことを聞き、家来たちを遣わしてお祝いを述べた。主の宮を建てるためには、多くの丈夫な木材が必要であった。ソロモンは、レバノンの杉を切り出す許しを願い、王ヒラムは、その願いを聞き届けた。

 

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主なる神は、住むための宮を必要とされはしないのだが、主の栄光と私たち人間のために、宮を作るのを良しとされた。主の栄光を現すための宮であるから、粗末なものではなく、主の栄光が現れるものであることが大切であった。レバノン杉や多くの人夫が備えられていたことも、神殿建築のためのよい時であった。主は、私たちの関係を祝福してくださるお方だ。他宗教、他民族であったとしても、友好を保とうとする者を、主は祝福される。私たちは、その友情を証しの中、主の栄光へと、育てていこう。

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2011年12月 4日 (日)

祝福への道

「一方、ハギテの子アドニヤは、「私が王になろう。」と言って、野心をいだき、戦車、騎兵、それに、自分の前を走る者五十人を手に入れた。」(Ⅰ列王記 1:5)

 

ダビデが老人になったとき、息子アドニヤは、野心をもって、力でもって王になろうとした。ナタンの預言では、ソロモンがダビデの後継者になると言われていた。アドニヤは、そのことを知っていたので、ナタンやソロモンやダビデの勇士たちを招かずに、王になろうとした。そのことを知ったナタンは、ソロモンの母バテ・シェバに助言を与え、ダビデのところへ行かせて、祭司を呼び寄せ、ソロモンを王とする油注ぎを行い、ソロモンが王となった。

 

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ダビデには多くの妻たちがいたため、息子たちの争いが絶えなかった。信仰者ダビデの息子はすべて信仰者に育ったわけではなかった。腹違いの妹に恋をしたアムノンは、欲望によって行動したゆえに、腹違いの兄弟アブシャロムに殺害された。妹のための復讐の殺人を遂げたアブシャロムは、父の愛を疑い、謀反による戦いで死んだ。今回は、預言を無視し、自ら王になろうとしたアドニヤが、あきらめきれない野望のため、父ダビデのそばめを妻に求めて、死罪となる。罪は、さまざまな弊害をもたらす。自分を苦しめ、他人をも苦しめる。しかし、神の愛は、そのような罪から信じる者を救い、祝福へと変えるものだ。信仰によって、王となったソロモンは、多くの祝福を受けることとなる。神を信じ、罪から離れよう。

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2011年12月 3日 (土)

心を広げて下さる主

「主は、私を広い所に連れ出し、私を助け出された。主が私を喜びとされたから。」(Ⅱサムエル 22:20)

 

ダビデは、自分を殺そうとするサウルの手から逃れるため、逃亡生活を送った。王や王に組する者たちが敵となって、ダビデを追っていた。そのような苦しみの中、主が心の支えだった。主との交わりがダビデの希望だった。父エッサイのところで羊の番をしていた時、預言者サムエルがやってきて、主の油を注がれた時から、主を友として歩んできたダビデであった。寂しい荒野の逃亡生活で、心が苦しくなると、主に呼び求めた。主はいつもその叫びに応じてくださり、狭く囚われている心を解き放って下さった。ダビデの行いが、主への愛から出ていたからであった。主はその心を見て取り、ご自身の喜びとしてくださっていた。

 

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問題を見つめていると、問題ばかりが心を占め、がんじがらめになってしまう。そのような時は、ダビデのように、主を見上げ、心から呼ばわろう。主は、心の地境を広げて下さる。恐れも、許せない思いも、主の前に持って行こう。すべてをご存知の主は、私たちの心を解き放ってくださる。

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2011年12月 2日 (金)

誤った熱心

「そこで王はギブオン人たちを呼び出して、彼らに言った。――ギブオンの人たちはイスラエル人ではなく、エモリ人の生き残りであって、イスラエル人は、彼らと盟約を結んでいたのであるが、サウルが、イスラエルとユダの人々への熱心のあまり、彼らを打ち殺してしまおうとしたのであった。――」(Ⅱサムエル 21:2)

 

3年間ききんが続いたため、ダビデが主にみこころを伺ったところ、「サウルとその一族に、血を流した罪がある。彼がギブオン人たちを殺したからだ。」と主は仰せられた。サウルの誤った神への熱心が、民を窮地に陥れたことは、過去にもあった。ペリシテとの戦いの最中に、「サウルが敵に復讐するまで、食物を食べる者はのろわれる」と誓いを立てたことがあった。その時は、息子のヨナタンが民を空腹から救い、誓いを破ったヨナタンを民がとりなし、救ったのであった。死んでも効力を発するサウルの誤った熱心による被害。ダビデが、ギブオン人たちの願いを聞いたところ、自分たちを滅ぼそうとした者の子ども7人を引き渡すことであったため、ダビデはその願いを聞き入れた。

 

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サウルの神(の民)への熱心による行動が、神の国に害を及ぼすこととなった。サウルは神への熱心だと思っていただろうが、それは誤りであった。実は、自分のためであり、そのために、律法を科して、それを信仰だと思っていたのである。神への熱心から出た行動には、神の愛がある。また罪への痛み、悲しみが根底にある。誤った熱心に向かうことがないように、絶えず、神の愛に満たされていこう。その愛が周囲に流れていく。

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2011年12月 1日 (木)

伝えきれなかった愛情

「すると王は身震いして、門の屋上に上り、そこで泣いた。彼は泣きながら、こう言い続けた。『わが子アブシャロム。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。』」(Ⅱサムエル 18:33)

 

アブシャロムに会おうとせずに冷たいかのように思われたダビデであったが、謀反を企て、敵となった我が子の身を案じ、死んだと聞くや、悲しみに打ちひしがれた。ダビデがアブシャロムに暖かく接することができなかったのは、敵意ではなく、自分の犯した罪の重さを感じていたからであった。アブシャロムの行為の中に、ウリヤの妻のことでの姦淫、殺人、そしてその時にナタンに告げられた刈取り(「あなたの家の中から、あなたの上にわざわいを引き起こす…」(12:11))の成就を見ていたのであった。アブシャロムは、孤独を感じていたが、ダビデのアブシャロムへの愛情は確かなものであったのである。この愛情をアブシャロムが生きている間に伝えていれば…と思ったりもするが、ダビデもまた罪人のひとりであり、自らの罪の刈取りの前に、ただただ打ちひしがれるしかなかったのである。

 

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人の愛情の現し方には、わかりにくいものがある。自分の思うままに愛してくれないと、人は「愛がない」と思いがちである。そして、孤独を感じ、負のスパイラルに落ち込んでいく。相手の自分への態度というものは、さまざまな要因が絡んでいて、必ずしも、自分に原因があるものではない。相手側の状態によるものかもしれない。相手の態度に依存せず、相手に神の愛を現して行こう。

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