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2011年11月16日 (水)

無関心の罪

「わたしは彼の家を永遠にさばくと彼に告げた。それは自分の息子たちが、みずからのろいを招くようなことをしているのを知りながら、彼らを戒めなかった罪のためだ。」(Ⅰサムエル 3:13)

 

子どもが神に対して罪を犯したら、戒めることが必要である。罪がいけないことであると、学ばせることが大切である。これは、愛情からなさなければならないことである。親もまた、口ばかりであってはいけない。よい手本となるよう、神の御前にへりくだることを教えることである。

 

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「わたしが悪者に、『悪者よ。あなたは必ず死ぬ。』と言うとき、もし、あなたがその悪者にその道から離れるように語って警告しないなら、その悪者は自分の咎のために死ぬ。そしてわたしは彼の血の責任をあなたに問う。」(エゼキエル 33:8) 愛の反対の言葉は、無関心である。子どもたちが、罪が何であるかを知るような大人となるように…。

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