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2011年11月 2日 (水)

どうしたことですか。

「するとイエスは両親に言われた。『どうしてわたしをお捜しになったのですか。わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。』」(ルカ 2:49)

 

イエスの両親は、過越祭のエルサレムへの宮もうでを毎年行っていた。男子は13歳になると、律法を守る成人として数えられるため、前年にその予習をさせるのが父の義務であった。※ 12歳のイエスを連れ、祭りの期間を慣習に従ってエルサレムで過ごし、帰路についたが、イエスはエルサレムにとどまっておられ、両親がイエスがいないことに気づいたのは、1日の道のりを進んだ後だった。両親は、血まなこであちこち探しまわりながら、三日後にエルサレムで、神殿で教師たちの真ん中に座って、話を聞いたり質問したりしているイエスを見つけたのであった。いなくなったイエスを迷子になった幼子のように思っていると、両親に心配させておいて、何て冷たいことを言うのだろうと、思えるような言葉である。しかし、この時のイエスはの成人前の男子である。「成長とともに強くなり、知恵に満ち、神の恵みがその上にあった」イエスである。1日の道のりを3日間かけて捜しまわっていた両親の気持ちは親として当然のものであった。その当然ともいえる心配のあまりの母の言葉、「なぜこんなことをしたのです。父上も私も心配して捜しまわっていたのですよ。」に対し、イエスは「どうしてわたしをお捜しになる必要があったのですか。わたしが必ず父の家にいることを悟っておられなかったのですか」と答えられたのであった。

 

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不思議な誕生、幼い時の預言者のお告げ、神の恵み…、イエスにとっては、両親が悟っていることと信じておられた。どんなに信仰深い人であっても、罪人である私たちは、恐れによる不安を持ちやすいものである。主が望まれる信仰に達しえないものである。そのような弱さを持つ私たちに、主は聖霊さまを与えて下さった。今、恐れ、不安はないか。その時は、「どうしたことですか。わたしがいつもともにいるのを悟っておられないのですか。」と主が語っておられることを思い出そう。聖霊なる神がいつもともにおられ、助け導いて下さっている!

 

※ 新聖書註解 いのちのことば社

 

 

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