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2011年10月25日 (火)

信仰者の罪

「ベニヤミン族はエルサレムに住んでいたエブス人を追い払わなかったので、エブス人は今日までベニヤミン族といっしょにエルサレムに住んでいる。」(士師記 1:21)

 

神の宮であるエルサレム。主のみこころは、主の敵を一掃し、神の民が聖められて他と区別され、主を礼拝しつつ、その交わりの中、主を喜びとし、幸せに生きることであった。一掃する戦いには、神がともにおられたため、ただ信仰によって可能な事であった。しかし、ベニヤミン族だけではなく他のイスラエル人も、カナン人を追い払い尽くすことはせず、共存する道を選んだ。その結果、主の使いによって、「わたしはあなたがたの前から彼らを追い出さない。彼らはあなたがたの敵となり、彼らの神々はあなたがたにとってわなとなる。」という宣告を受けたのであった。

 

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クリスチャンにとって、古い住人である罪。その住人を追い払うことが神のみこころである。これは信仰によってのみなせる戦いである。妥協するなら、それは罠となって、主との交わりの妨げとなっていく。ヨシュアやカレブのように、まず「できる」と信じ、行動していこう。主がともにいて下さる。

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