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2009年3月

2009年3月29日 (日)

鷲のように…

「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ書 40:31)

 

人間関係において、一生懸命やって、うまくいかなかったこと。あなたは、そのことを失敗だと思っているかもしれないが、あれは失敗ではない。互いに気付かなければならない大切なことがあった。それは、これからの働きをなす上で、必要なものである。
主を刺し通した十字架が人々の糧となったように、これからの働きであなたの通った十字架が皆の糧となっていくのである。
だから、主から受けたものは恐れないで、ただ分かち与えていきなさい。
あなたがいる所をわたしは知っている。そして、わたしもともにいるのである。このことを忘れないように歩んでいきなさい。
あなたはわたしの宝である。恐れずに進んで行きなさい。疲れた時には、わたしの与える言葉を聞きなさい。そうすれば、鷲のようにつばさをかって、飛び立つことができるだろう。
あなたに与えた霊的感性をだれにも揺るがされないように、自由を与えた。
飛び立ちなさい。娘よ。わたしが与えた自分の信じる道を、進むのです。
誰によっても邪魔されてはいけません。すべての祝福は、あなたとともにあります。

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2009年3月 5日 (木)

主にあれば、苦しみもまた祝福

「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」(詩篇 119:71)

 

ヨセフは何不自由ない暮らしをしていたのだが、ある日、突然ふりかかった出来事によって、エジプトに奴隷として売られた。
ヨセフにとっては、ふってわいたような災難であったが、兄たちにとって、ヨセフさえいなければ…という思いは、常に心にあったことであり、それを実行に移しただけであった。
ヨセフにとっては苦しみの始まりだったが、そこに神様の偉大な計画があったのだ。
「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい。」(ヨハネ 13:27)
これは、主イエスが自分を売ろうとしているイスカリオテユダに対して言われたことばである。
ヨセフの兄たち、イスカリオテユダの罪もが神の偉大なご計画の内にあったのである。
苦しみの渦中においては、わからなかっただろうが、振り返ってみると、偉大な神のみわざが見えてくる。

 

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苦しみを通ってこそ開かれる恵みがある。苦しみを通らないと悟り得ない事柄がある。
キリストゆえの苦しみは大きな祝福となる。
主がいつもヨセフとともにおられたように、苦しみのただ中をともに歩んで下さっている。
産みの苦しみを主とともにのりきろう。

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