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2008年11月18日 (火)

オリジナルテキスト「神」

 世の中には、神がどのような人かなんて知らなくてもいい、神は神なのだからという人がいます。そのような実態のない不確かなものを神と信じることは気休めぐらいにはなるかもしれません。また、見えないからいないのだと言う人もいます。しかし、空気は見えなくても、確かに存在します。聖書には、神の存在とその神がどのような方であるかということがはっきりと描かれています。

今日は神はどういうお方であるかを、聖書から見ていきましょう。

【神の存在】

1.天と地、万物を創造された方。 (創世記1:1 

人間には、心のどこかに、永遠の神への思いというものがある。人間のどのような種族であれ、至高の存在への信仰を持たない種族を見出すことはできない。聖書は、神の存在の事実を前提としている。「初めに、神が天と地を創造した。」(創世記1:1)

神は、第1日目には「光」を、第2日目には「天」を、第3日目には「地」「海」「植物」を、第4日目には「太陽」「月」「星」を、第5日目には「海の生物」「鳥」を、第6日目には「動物」「人間」を、ことばによって造られた。

神がお造りになったすべてのものは、すべて非常によかった。

第7日目に、神は、なさっていたわざの完成を告げられ、なさっていたすべてのわざを休まれた。そして、第7日目を祝福し、この日を聖とされた。

 

【神の性質】 

「生けるまことの神は唯一であり、その存在と知恵、聖と義、善と真実において無限、永遠、不変の霊である。」(ウエストミンスター小教理問答) 

1.神は霊である。(ヨハネ4:24

 「神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」(ヨハネ4:24)神は霊であるので、肉体に、また、時間や空間に限定されない。

「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」(ヘブル13:5)「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいる」(マタイ18:20) 人間には不可能であるが、霊である神によっては可能である。

2.神は完全である。(マタイ5:48

 「あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。」(マタイ5:48)神は、欠けたところがない完全な方である。人間は完全にはなり得ないが、完全である神を愛して行動していくならば、神ご自身が、神の似姿に近づけてくださるのである。「あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。」(Ⅰペテロ5:6)

 「主は岩。主のみわざは完全。まことに、主の道はみな正しい。主は真実の神で、偽りがなく、正しい方、直ぐな方である。」(申命記32:4)

3.神は人格的存在である。(イザヤ1:18, エレミヤ29:11

神は、知性、感情、意思を持たれる。人と交わりを持つことを望んでくださり、喜び、悲しみ、怒りなどの感情があり、ご計画をお持ちである。

「『さあ、来たれ。論じ合おう。』と主は仰せられる。」(イザヤ1:18)

「幾たび彼らは、荒野で神に逆らい、荒れ地で神を悲しませたことか。」(詩篇78:40)

「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。」(Ⅰテモテ2:4)

「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」(エレミヤ29:11)

4.神は唯一である。(申命記4:35, 6:4

「あなたにこのことが示されたのは、主だけが神であって、ほかには神はないことを、あなたが知るためであった。」(申命記4:35)

「主は私たちの神。主はただひとりである。」(申命記6:4)

神は唯一であるが、また複数形で表現されている三位一体の神である。

「初めに、神(<エロヒーム>)が天と地を創造した。」(創世記 1:1)「神」=<エロヒーム>は、複数形である。

「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。」(創世記 1:26)

「そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、」(マタイ 28:19)

この御名は、父、子、聖霊と3つの名であるにもかかわらず、原語をみると、単数形である。

聖書に三位一体ということばはないが、よく見ると、父なる神、子なる神イエス、人格をお持ちの聖霊なる神が記されている。

 ・「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」(ヨハネ 1:1) ことばがイエスを指していることは、ヨハネ 1:14以下でわかる。

 ・「どうしてあなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、」(使徒 5:3)の箇所では、「あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」(使徒 5:4)と言い換えている。

〈人格をお持ちの聖霊なる神〉

「聖霊が言われるとおりです。」(ヘブル 3:7)

「聖霊が教えてくださる」(ルカ 12:12)

「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」(ヨハネ 14:26)

 

【神の属性】

1.~7.は、神のみが所有する属性である。

1.自存(出エジプト3:14

「神はモーセに仰せられた。「わたしは、『わたしはある。』という者である。」」(出エジプト3:14)「わたしはあってある者」という意味である。神は何かから生じたわけでもなく、存在や本質を神以外のどのような源にも依存していない存在であられる。

「神である主、常にいまし、昔いまし、後に来られる方、万物の支配者がこう言われる。『わたしはアルファであり、オメガである。』」(黙示録 1:8)

2.全知(詩篇139:1-4

「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。ことばが私の舌にのぼる前に、なんと主よ、あなたはそれをことごとく知っておられます。」(詩篇139:1-4)神に知られずに済むことは何もない。人は行動や思想を神に隠すことはできない。また、神は、はじめからすべてのことを知っておられる。私たちひとりひとりの性格も状況もすべて知ってくださっている上で、計画や目的を持って導いてくださるのである。それゆえに、「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)と言うことができるのである。

3.全能(エレミヤ32:17

「ああ、神、主よ。まことに、あなたは大きな力と、伸ばした御腕とをもって天と地を造られました。あなたには何一つできないことはありません。」(エレミヤ32:17)

「神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。」(エペソ1:19-21)

神の能力には限界がなく、信じる者には、聖霊の助けによって、その力にあずからせて下さるのである。 

4.不変(マラキ3:6, ヘブル13:8 

「主であるわたしは変わることがない。」(マラキ3:6)

「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。」(ヘブル13:8)

神は、無条件に変わらないお方である。神の契約、約束もまた不変である。それは、私たちの行ないによらず、神の性質に基づくものである。

5.遍在(Ⅱ歴代6:18, エレミヤ23:24

「それにしても、神ははたして人間とともに地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの宮など、なおさらのことです。」(Ⅱ歴代6:18)

「人が隠れた所に身を隠したら、わたしは彼を見ることができないのか。――主の御告げ。――天にも地にも、わたしは満ちているではないか。――主の御告げ。――」(エレミヤ23:24)神は、どこにでもご臨在されている。そして、神はある特別な場所に現れる。神棚や神社、お守り、特定の物や場所に限定されるお方ではない。 

6.永遠(イザヤ 44:6

「わたしは初めであり、わたしは終わりである。わたしのほかに神はない。」(イザヤ 44:6) 永遠に存在し、唯一なる神

7.主権(ダニエル4:34

「私はいと高き方をほめたたえ、永遠に生きる方を賛美し、ほめたたえた。その主権は永遠の主権。その国は代々限りなく続く。」(ダニエル4:34)

「神は祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、ただひとり死のない方であり、近づくこともできない光の中に住まわれ、人間がだれひとり見たことのない、また見ることのできない方です。誉れと、とこしえの主権は神のものです。アーメン。」(Ⅰテモテ6:15,16) 神の主権は永遠で不動のものである。

 

8.~11.は、私たち人間も共有し得る属性である。

8.聖(出エジプト15:11

「主よ。神々のうち、だれかあなたのような方があるでしょうか。だれがあなたのように、聖であって力強く、たたえられつつ恐れられ、奇しいわざを行なうことができましょうか。」(出エジプト15:11)

「あなたがたの神、主であるわたしが聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない。」(レビ19:2)

神の「聖」は、分離と高挙、性格の絶対的完全である。「聖」が人に適用されるときは、神に分離されている、内面の純潔と世的なことからの分離などである。

9.愛(Ⅰヨハネ4:8-10

「愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」(Ⅰヨハネ4:8-10)

「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」(ヨハネ 15:13)神は、十字架において、この愛を実践してくださった。 

10.義(申命32:4, ローマ3:26

「主は岩。主のみわざは完全。まことに、主の道はみな正しい。主は真実の神で、偽りがなく、正しい方、直ぐな方である。」(申命32:4)

「それは、今の時にご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。」(ローマ3:26)

人間は自ら義となることはできないが、義である神を信じるならば、その信仰によって義と認められる。

11.真実(ヨハネ1:14, 14:6

「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。」(ヨハネ1:14)

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)神は、偽ることがない真実なお方である。神がなされた約束は必ず成就する。

 

【神の目的】

1.人は、神の栄光のために、神のかたちとして、神の霊を吹き込まれて造られた。(創世記1:26, 2:7, イザヤ43:7

「そして神は、『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。』と仰せられた。」(創世記1:26)

「その後、神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。」(創世記2:7)

人間は、動物とは異なる存在であり、神の持っている理想的な形として造られた。人間を構成している物質の元素はすべて土地のちりにあるものである。

人間は、地と動物すべてを愛によって支配するよう、神との交わりの中に生きるよう、神に似たものとして造られたのである。

「わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。」(イザヤ43:7)

 

 

【まとめ】

1.神はどのような方ですか?

2.神は人をどのような者として造られましたか?

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