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2008年11月22日 (土)

オリジナルテキスト「救い」

 オリジナル個人テキスト「罪」において、人間は、罪を犯さずにはいられない、生まれながら罪の性質を持っていることを見てきました。そして、自分の力に頼るなら、ますます神から離れ、罪を重ねていってしまう状態であることをも見てきました。罪というものを知るなら、「人間の罪深さ」と「神の聖さ」の隔たりは果てしないものに思われ、橋渡すのに十分な「救い」が必要なことに気付くでしょう。

今日は神が備えてくださっている救いの道を見ていきましょう。

 

1. あなたは、人が犯した罪について、神はどのように感じられていると思いますか?

 ①怒り  ②悲しみ ③無関心(他人事) ④ 絶望  ⑤その他(具体的に)

 

 A:罪に対する神の思い

神は罪を怒られ(民数記16:22, 申命記9:18他)、罪によって人が滅びに向かうことを悲しまれる(詩篇78:40, マタイ23:37, エペソ4:30)。

 

 

罪の贖い】

「律法によれば、すべてのものは血によってきよめられる、と言ってよいでしょう。また、血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです」(ヘブル9:22)

1.旧約に見る罪の赦し(出エジプト30:10 

「アロンは年に一度、贖罪のための、罪のためのいけにえの血によって、その角の上で贖いをする。すなわち、あなたがたは代々、年に一度このために、贖いをしなければならない。これは、主に対して最も聖なるものである。」(出エジプト30:10)

罪の赦しのためには、その都度、傷のない動物(牛、やぎ、やぎ、羊、鳩)がささげられた(レビ4章)。しかし、それは完全な赦しではなかった。

「律法には、後に来るすばらしいものの影はあっても、その実物はないのですから、律法は、年ごとに絶えずささげられる同じいけにえによって神に近づいて来る人々を、完全にすることができないのです。もしそれができたのであったら、礼拝する人々は、一度きよめられた者として、もはや罪を意識しなかったはずであり、したがって、ささげ物をすることは、やんだはずです。ところがかえって、これらのささげ物によって、罪が年ごとに思い出されるのです。雄牛とやぎの血は、罪を除くことができません。」(ヘブル10:1-4) 

2.完全な贖い(ヘブル9:11-14

「しかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、手で造った物でない、言い替えれば、この造られた物とは違った、さらに偉大な、さらに完全な幕屋を通り、また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです。もし、やぎと雄牛の血、また雌牛の灰を汚れた人々に注ぎかけると、それが聖めの働きをして肉体をきよいものにするとすれば、まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行ないから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。」(ヘブル9:11-14)

神が人の形をとって(肉体を持って)地上に来られ、贖いの供え物となって、十字架にかかり、罪のない血をささげることで、完全な贖いとなられた。

3.勝利の復活(Ⅰコリント15:54-57

「朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、『死は勝利にのまれた。』としるされている、みことばが実現します。死のとげは罪であり、罪の力は律法です。しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。」(Ⅰコリント15:54-57)

キリストが贖いの犠牲となられたというだけでは、罪の赦しはあるが、その後、私たちは、孤児のようにどうすればいいのかわからなくなり、霊的貧しさから、元の罪に戻ってしまうことになるだろう。

「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。いましばらくで世はもうわたしを見なくなります。しかし、あなたがたはわたしを見ます。わたしが生きるので、あなたがたも生きるからです。その日には、わたしが父におり、あなたがたがわたしにおり、わたしがあなたがたにおることが、あなたがたにわかります。わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現わします。」(ヨハネ14:18-21)キリストが弟子たちに予告されていたとおり、キリストは死に打ち勝ち、よみがえられたのである。

 

救い】 

1.私たちの救い(ローマ10:9-10

「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」(ローマ10:9-10)

神であられるイエス・キリストが、自分の主であると告白し、自分の罪のために十字架にかかって死んでくださり、3日目によみがえられたと信じるならば、救われるのである。

2.救いの3面

①新生「義とされる」(ヨハネ1:12, Ⅰヨハネ5:11,12

「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」(ヨハネ1:12)

「そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。」(Ⅰヨハネ5:11,12)

イエス・キリストを信じた時、人はその瞬間に義とされる。それは自分の行ないや努力からではなく、ただ神の一方的な恵みによる。この恵みによって救われた者は、永遠のいのちが神により保障されている。

②聖化「救われ続ける」(ピリピ1:6

「あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。」(ピリピ1:6)

救われた後、聖霊の導きによって神を愛し、神に従うことがどのようなことであるかを、生涯を通して学ぶ。人は誰でも主から徐々に聖められつつある途上にある。

③栄化「救いの完成」(Ⅱコリント 3:18, ピリピ3:20,21

「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(Ⅱコリント 3:18)

「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。」(ピリピ3:20,21)

イエス・キリストが再臨された時、私達は栄光の身体に変えられ御国を受け継ぐ者とされる。

 

 

【まとめ】

1.人はどうしたら救われますか?

 

 

 

キリストを受け入れ、信じたいと思った方は、次のように祈ってみましょう。


天の神様。今まで神から離れて生きてきた私の罪をお赦し下さい。イエス様が十字架で私の罪を贖ってくださったことを信じ、感謝します。イエス様、私の心に来てください。・・・・・・(あとは自己流で何でも祈って下さい)・・・・・・・イエス様のお名前によって祈ります。アーメン

 

 

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