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2003年2月 6日 (木)

主題からの学び「愛Ⅰ」

愛は、聖書の集約である。
「『先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。』そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』これがたいせつな第一の戒めです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」(マタイ 22:36-40)
「『すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。』イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」」(マルコ 12:28-31)
「「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』とあります。」イエスは言われた。「そのとおりです。それを実行しなさい。そうすれば、いのちを得ます。」」(ルカ 10:27,28)

「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」(申命記 6:5)
「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。」(レビ 19:18)
「兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。」(ガラテヤ 6:1,2)
「律法を持たない人々に対しては、―私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが、―律法を持たない者のようになりました。それは律法を持たない人々を獲得するためです。弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。」(Ⅰコリント 9:21,22)
  キリストの律法とは、自由の律法であり、愛の律法である。

「だれに対しても負債がないようにしなさい〈何も借りがあってはいけません〉。ただし、お互いに愛し合うことのほかは、です。というのは、隣人を愛する人〈他人を愛することを実行する人〉は〔人間同士の関係に関する〕律法の全要求を満たしてその律法を完全に守った人だからです。姦淫してはいけない、殺してはいけない、盗んではいけない、むさぼっては〈よこしまな欲望をいだいては〉いけない、という戒めと、そのほかのどんな戒めも、隣人を自分のように愛しなさい、というこの命令一つに要約されるのです。愛は隣人に害を与えません〈決してだれをも傷つけることをしません〉。だから愛は律法の全要求を満たす〈律法を完全に守ることな〉のです。」(ローマ 13:8-10〈詳訳〉)

「あからさまに責めるのは、ひそかに愛するのにまさる。」(箴言 27:5)
  愛は、(最終的には)決してだれをも傷つけることをしない。

「兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。律法の全体は、『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という一語をもって全うされるのです。もし互いにかみ合ったり、食い合ったりしているなら、お互いの間で滅ぼされてしまいます。気をつけなさい。」(ガラテヤ 5:13-15)
 
愛の性質、特性
(愛する、神の愛)    (好きである、愛する、好む、自分を愛する愛、利己的な愛)
エロス(性愛)          聖書の掲げる愛は、
「憎しみは争いをひき起こし、愛はすべてのそむきの罪をおおう。」(箴言 10:12)
「エルサレムの娘たち。私は・・・あなたがたに誓っていただきます。揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目ざめたいと思うときまでは。」(雅歌 2:7,3:5,8:4)
  他からせかされて持つものではなく、おのずと目ざめるもの。
「知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます。」(Ⅰコリント 8:1)
「たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値打ちもありません。また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。」(Ⅰコリント 13:1-8)
  決して絶えることがない。
「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。愛を追い求めなさい。」(Ⅰコリント 13:13,14:1)
  いつまでも残り、一番すぐれているもの。
 
目標とする愛、偽善ではない愛とは
「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。」(伝道者 3:1-8)
  相手の心が開かれるのを待つ愛。愛の押し売りをしない愛。
「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。取税人でも、同じことをしているではありませんか。また、自分の兄弟にだけあいさつしたからといって、どれだけまさったことをしたのでしょう。異邦人でも同じことをするではありませんか。だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。」(マタイ 5:434-48)
  迫害する敵のために祝福を祈る愛。
「しかし、〈心に留めようとして〉今耳を傾けているあなたたちに言うが、あなたたちの敵を愛〈することを習慣と〉しなさい。またあなたたちを忌みきらう者〈憎しみをもってあなたたちを追求する者〉に親切を尽くしなさい〈よくしてやり、りっぱに応対しなさい〉。あなたたちをのろっている者の祝福を祈り求め〈幸福を祈り〉、あなたたちをはずかしめている者〈ののしり、とがめ、誹謗し、脅かしている者〉に神の祝福〈愛顧〉を願い求めなさい。あなたのほお〈上あご〉を打つ者には、ほかのほお〈上あご〉をも差し出し、あなたの上着を奪う者には、下着をも拒んではいけない。〔必要があって〕あなたたちに請い求める者には、だれにでも与えてやり、あなたたちの持ち物を奪い去る者には、返すことを求めて〈要求して〉はいけない。人にしてもらいたいとあなたたちが思う〈望む〉ように、そのとおり人にしなさい。あなたたちが自分を愛する者を愛する〔だけ〕ならば、どのような誉れ〈感謝〉があろうか。〔全くの〕罪人でさえ、彼らの愛する者〈彼らを愛してくれる者〉を愛するからである。あなたたちに親切にする者〈よくする者〈愛顧を示す者〈利益を与える者〉に親切にする〈よくする〈愛顧を示す〈利益を与える〉のならば、どのような誉れ〈感謝〉があろうか。とりわけ罪深い者でさえ、そのようにしているからである。返してもらえると思う者に利息つきで金を貸すのであれば、どのような誉れ〈感謝〉があろうか。 
評判の高い罪びとでさえ、金額を取り戻すつもりで、〔同じ〕罪びとに利息つきで貸すからである。しかし、あなたたちの敵を愛し、人に親切にし〈よくしてやり〈愛顧を示し、だれかが彼らから益を受けるようにしてやり〉、返してもらうことを当てにしないで〈望まないで〈損をしてしまったなどと思わず〈だれにも失望せずに〉、貸してやりなさい。そうすれば、あなたたちは大きな〈豊かな、厚い、ねんごろな、有り余るほどの〉報い〈報酬〉を受け、いとも高いかたの子となる。いとも高いかたは、恩知らずの者〈利己主義者〉にも悪人にも、親切で〈慈悲深く〈寛大で〉あられるからである。あなたたちのみ父があわれみ深く〈同情深く、優しく、物わかりがよく、情け深く〉あられるように、あなたたちもあわれみ深く〈同情深く、優しく、物わかりがよく、情け深く〉ありなさい。」(ルカ 6:27-36〈詳訳〉)

  ① 敵を愛することを習慣にする
  ② 憎しみをぶつけてくる者に、親切によくしてやる。
  ③ のろう者に祝福(幸福)を祈り求める。
  ④ ののしりはずかしめてくる者に、神の祝福を願い求める。
  ⑤ ほおを打つ者に、他のほおを差し出す。
  ⑥ 上着を奪う者に、下着をも拒まない。
  ⑦ 必要があって、請い求める者には、だれにでも、与える。
  ⑧ 持ち物を奪い去る者には、返すことを要求しない。
  ⑨ 人にしてもらいたいと思うとおりに、人にする。
  あわれみ深く(同情深く、優しく、物わかりがよく、情け深く)あること
「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。」(ヨハネ 15:12-14)
「こういうわけで、あなたがたは、正しく愛されている子どもたち〔が、彼らの父を見ならう〕ように、神を見ならう者になりなさい〈神を模倣し《神の規範に従い》なさい〉。また、キリストが私たちを〈あなたがたを〉愛して私たちのために〈あなたがたのために〉ご自身をささげて神に対する〔あなたがたのための〕ほふられた供え物、犠牲となられ、〔それが〕こうばしいかおり〔となったように〕、あなたがたも愛のうちを歩みなさい〈互いに尊敬し合い、喜び合いなさい〉。」(エペソ 5:1,2〈詳訳〉)
イエスが愛してくださったように、兄弟が互いに愛すること。
「あなたがたが互いに愛し合うこと、これが、わたしのあなたがたに与える戒めです。」(ヨハネ 15:17)
「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。」(ローマ 12:9,10)
「もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも省みなさい。あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。」(ピリピ 2:1-5)
  偽りのない愛。
  へりくだって、互いに人を自分よりまさっていると思う。
「いっさいのことを愛をもって行ないなさい。」(Ⅰコリント 16:14)
  すべてのことを愛で行なえ。
「兄弟愛をいつも持っていなさい。」(ヘブル 13:1)
  いつも兄弟愛を持て。

「愛Ⅱ」に続く

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