ヨハネの黙示録

2013年9月 2日 (月)

涙の伝道

「なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」(黙示録 7:17 )

神のもとに立ち返るよう、神の愛に立って、宣べ伝えている伝道者がいた。
来る日も来る日も、語っていたが、誰も耳を傾けることはなかった。
涙とともに祈りを捧げたその時、主が語ってくださった。
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あなたが流してきた涙は決して無駄にはならない。
時がきて必ず神の栄光が各教会を訪れる。
その時、神に敵対していた者たちは、歯ぎしりして悔しがるが、もはや遅い。
その時、彼らは神という方を知ることになる。
恵みの時に宣べ伝えよ。
過ちに走っている人々に、語り伝えよ。
彼らが聞いても聞かなくても語れ。
エレミヤの精神があなたの内にある。
その精神からぶれることなく、みことばを伝えよ。
わたしの嘆きを、わたしの悲しみを、罪人たちに伝えよ。
希望を捨てることなく、語り告げよ。
立ち返る者たちのために、語り続けなさい。
主なるわたしがいつもあなたとともにいることを、忘れずに!

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2013年8月30日 (金)

主のみこころ

「あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと持っていなさい。」(黙示録 3:11)

黙示録の7つの教会に言われている言葉。フィラデルフィアの教会には、苦しみと貧しさのスミルナの教会と同様、叱責のことばが見当たらない。
何がほめられているか。「わたしは、あなたの行ないを知っている。」と言われている。
主はそれぞれの行ないに従ってさばかれるお方である。
彼らは何か特別なすごいことをしたわけではない。
自称、神の民だと言っているサタンの改修に属する者の中にいて、そこに同化せずに、信仰を守り通していた。
「少しばかりの力があって(わずかな力しか持っていないが〈詳訳〉)、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかった」というのが、称賛の理由であった。
忍耐を尽くして主のことばを守ったから、来たるべき試練の時にはあなたを守ろう、と言われている。
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主の喜ばれる信仰は、特別な力が必要なわけではない。
すばらしい能力や賜物が必要なわけでもない。
自分に与えられているだけの力をもって、神のことばからそれず、神に従っていくだけでよいのである。
そのような行ないには、誇るところはない。主はそれを称賛してくださる。
しかし、これが罪の性質のある人間にとっては、なかなか難しい。
罪にいざなう罠が待ち構えている。
与えられている信仰を、感謝をもって守り通していこう。主が見て下さっている。

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