2013年10月20日 (日)

思い煩いは主に!

「私のうちで、思い煩いが増すときに、あなたの慰めが、私のたましいを喜ばしてくださいますように。」(詩篇 94:19)

あるリーダーが、ある祈りの集会を導くことになった。
場所を用意し人々が祈るために集まった。
黙想する時間があるのだが、開いてみると、その場所は、大きな道路に面し、うるさ
いことを知った。
それでもと思って始めてみると、拡声器の声まで聞こえてきた。
失敗に終わるのではと思い、主に向かった。その時、主は語られた。
「あなたはなにを思い煩っているのか?
 どこにいてもどんな場所でもわたしはいる。
 心配せずに委ねなさい。この集まりの主はわたしである。
 否定的な思いを打ち砕く!!
 否定的なことばを語らないようにしなさい。
 この集まりを導いているのは、わたしである。あなたではない。
 わたしに任せて祈りなさい。人の評価が大事なのではない。
 大事なのは、人々がわたしを知ることである。
 わたしは欠けている人間を欠けたままで用いることができる主である。
 持っている問題が大きいほど、また、求めが強いほど、人は私を求める。
 その時、わたしは応えよう。」
このことばに安心感を得、その会は主の喜びが満ちていった。
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完全ではない欠けた私たちであるが、主はそのような私たちを用いて下さる。
自分の思いを捨てて、主を見あげた時に、主は働かれる。
その時、主の栄光が満ちる!!

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2013年10月17日 (木)

風は思いのままに吹く

「風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」(ヨハネ 3:8)

心砕かれ、100%捧げる決意をする者をわたしは用いる。
わたしの吹かせる風に身を任せて、自由に従う者をわたしは求めている。
あなたは何かを持っていると思ってはならない。
あなたが持っているものでわたしが与えなかったものはないからだ。
あなたがもっているものをわたしに差し出しなさい。
そうすれば、わたしはいく倍にも祝福し、あなたを満たそう。
風の流れをとどめたり、流れを変えようとしたりしないように注意しなさい。
汚れた水が少しでも残っているならば、いくら聖い水を注いでも、ピュアな水に
はならない。
古い考えや自我を捨て去りなさい。
そしてわたしがあなたを作り変えようとするがままに、委ねなさい。
大いなる祝福があなたを待ち受けている。
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聖霊さまは、聞き従ってくるものを、喜んで満たして下さる。
聖霊さまに触れられて、私達にも喜びが満ちる。
その喜びによって、神さまに従おうと思い、神さまに少しでもお返ししたいと思っ
て、捧げる心が起こる。
まず、神がある。神の愛が先にある。
主に委ねて、歩んでいこう。喜びがあふれ満ちる!

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2013年10月13日 (日)

いのちのことばを握って歩もう。

「いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。そうすれば、私は、自分の努力したことがむだではなく、苦労したこともむだでなかったことを、キリストの日に誇ることができます。」(ピリピ2:16)

主に従っていくと、試練が起こり、いろいろ疑いがやってくることがある。
試練につぐ試練に疲れたある信仰者が、疲れて主のもとで、静かに休んでいた。
主は、静かな御声で語ってくださった。
「子よ、揺り動かされることなくあなたに与えた役割の内にしっかり立って、歩
みなさい。あなたに語り、今まで導いて来た道が確かなものとなっていきます。
そのわたしが語ったすべてを思い起こし、しっかり握り、これからの道をしっか
りわたしに聞きなさい。人への恐れを捨て、わたしに聞き従いなさい。
あなたがわたしに従い、進んでくる時に、ポンポンと霊の実が開花していくでしょ
う。だから恐れずにしっかり成し遂げなさい。途中で投げ出さず(揺さぶりが来た時には、わたしがあなたに語っていることを思い起こし)、しっかり立ち続けなさい。そうした時に、あなたはわたしの栄光を見よう。
今のもろもろの関係は、そのまま付かず離れず、よい関係で、揺り動かされることなく、しっかりと証していきなさい。人に合わせるのではなく、わたしに焦点を当てて、交わりを保ちなさい。」
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主の声に励まされ、疑いを捨てて歩んだ時に、状況が好転し、救われる人が次々
に起こされ出したのであった。
目に見えるものは、一部である。
主を信じ、従って行こう。
その信仰を主が喜ばれ、主ご自身が栄光を現して下さる!

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2013年9月 9日 (月)

仕えあう心で

「私は言った。『私はもう、あなたがたを飼わない。死にたい者は死ね。隠されたい者は隠されよ。残りの者は、互いに相手の肉を食べるがよい。』」(ゼカリヤ11:9)

曲がったものはますます曲がってそれていく。
そのような時代である。
知識と知恵を得ていると慢心する者は、わたしに聞こうとしない。
プライドと妬みがわたしの語る言葉をさえぎる。
悔い改めよ。恵みのある内に。
それて戻ろうとしない者は、互いの肉を喰らって滅びに向かう。
わたしはそれを望んではいないが、彼らがその道を選んだのだ。
わたしは用いたいと思う者を用いる。
敵も主の御手の中で、主が使われる。
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主に用いられることは、光栄なことかもしれないが、それよりも大切なことがあ
る。
主にあって、どんなときも感謝しよう。
へりくだって、主のことばを受け取ろう。
いつの時も、主を認め、仕えあって行こう。
恵みは高いところから、低いところに流れる。

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2013年9月 8日 (日)

信仰によって受け取ろう

「わたしが彼らにたとえで話すのは、彼らは見てはいるが見ず、聞いてはいるが聞かず、また、悟ることもしないからです。」(マタイ 13:13)

主イエスは、多くのことを集まってきた群衆にたとえ話で話された。
そして、「耳のある者は聞きなさい。」と言われた。
人は心地よいことばは歓迎するが、耳触りの悪い言葉ははねのけてしまう。
弟子たちが、「なぜ、たとえでお話しになったのですか。」と尋ねると、主イエ
スは冒頭のように答えられたのである。
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そのことが事実であったとしても、皆がそれを受け止められるとは限らない。
受け止められるだけの信仰が必要である。
信仰の度合いによって、主は奥義を語られる。
既に知っていると思う者は、主に聞くことはない。
へりくだって聞こうとする者に主は語られる。
プライドは、主のみこころを知ることを妨げる。
孤立することを恐れ、神に頼らず人に頼ろうとする者は、やがて大いなる試練の
時に、耐えおおせない。
恐れることなく、「わたしの羊は、わたしの声に聞き従う。」と言われた主の声
だけに耳を傾け、従って行こう。

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2013年9月 3日 (火)

証への非難にくじけそうになった時

「これを聞いたパリサイ人は言った。『この人は、ただ悪霊どものかしらベルゼブルの力で、悪霊どもを追い出しているだけだ。』」(マタイ 12:24)

ある主にある人が、自分に主がどんなふうに働かれたか、主の証を出会う人ごと
にしていた。
しかし、信じてもらえず、しかも信仰の先輩たちからも、戒めの言葉をかけられ、
喜びが失われていきそうになった。
主に心を向けた時、主が語ってくださった。
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あなたの証への中傷は私への中傷であることを覚えなさい。
信仰の目で見ず肉の考えで判断することがパリサイ人の道です。
パリサイ人らは宗教的に頭で判断し、動いた結果、わたしを十字架につけて抹殺
しようとしました。
あなたの歩んだ道は、わたしや父なる神が人間に注いだ愛=神の愛を現す道でした。
引きずり降ろそうとする敵の策略に翻弄されずに、わたしから離れずについてきなさい。
あなたに与えた霊的感性は、これからの時代になくてはならないものです。
自信を失うことなく、突き進みなさい。
やがて主の栄光を見よう。

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2013年9月 2日 (月)

涙の伝道

「なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」(黙示録 7:17 )

神のもとに立ち返るよう、神の愛に立って、宣べ伝えている伝道者がいた。
来る日も来る日も、語っていたが、誰も耳を傾けることはなかった。
涙とともに祈りを捧げたその時、主が語ってくださった。
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あなたが流してきた涙は決して無駄にはならない。
時がきて必ず神の栄光が各教会を訪れる。
その時、神に敵対していた者たちは、歯ぎしりして悔しがるが、もはや遅い。
その時、彼らは神という方を知ることになる。
恵みの時に宣べ伝えよ。
過ちに走っている人々に、語り伝えよ。
彼らが聞いても聞かなくても語れ。
エレミヤの精神があなたの内にある。
その精神からぶれることなく、みことばを伝えよ。
わたしの嘆きを、わたしの悲しみを、罪人たちに伝えよ。
希望を捨てることなく、語り告げよ。
立ち返る者たちのために、語り続けなさい。
主なるわたしがいつもあなたとともにいることを、忘れずに!

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2013年8月31日 (土)

主の働きに自信がもてない時

「一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。」(ローマ 12:4,5)

あるクリスチャンの姉妹が、自分には、主の役に立つものが何もないように、思
えて仕方がなかった。
何かをしようと思った時には、既に他の人が先にやってしまっていた。
そのような彼女に主は語られた。
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あなたに必要なものは自信を持っての実行である。
あなたは充分役立っている!娘よ、自信を持ちなさい。
あなたに与えた知恵と知識、賜物は無意味なものではなく、人の役に立つものです。
大胆に自信を持って突き進みなさい。
あなたにしかできない働きがあります。
それぞれに与えた良いものを守りなさい。
誰にも奪われないように、私から目を離さないように、従ってきなさい。
私に主権を明け渡した時に、主の道がまっすぐに開かれます。
不要な恐れを捨て、その道を歩んできなさい。
そうした先にあるものは、主の栄光である。
すべての者がその主の栄光を見て、主を恐れ、主である私がどういう者であるかを知ろう。
皆が同じ働きをなすわけではない。
それぞれの内に、みこころによって与られたものがある。
そのみこころのポジションに忠実に従って、それぞれの役割りを果たした時に、主の栄光を見よう。

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2011年11月20日 (日)

落胆し、失望している時

「しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。」(Ⅰテモテ 4:1)

娘よ、弱々しく、弱り果ててはならない。雄々しくありなさい。悪者はいつも勝ち誇ったかのようにふるまうかもしれないが、勝利はすでに主のものである。それらのものにつき従ってはならない。偽りは必ず明らかになる。あなたを悩ますそれらのものは、時が満ちた時、やがて明らかになる。時が満ちた時、その者たちは、言い逃れるすべを持たない。あいまいに歩んでいた者、悪を喜んでいた者たちは、主が必ずさばかれる。そのことをよく知り、忍耐を働かせなさい。わたしの愛に立たない者は、やがて明らかになっていく。あなたは、自分で選んで行ったように思っているかもしれないが、「その力」で行くように遣わしたのはわたしであることを思い出しなさい。ヨセフは、自分で選んでエジプトへ行ったわけではなかった。そこに悪い働きが介在していたとしても、それをも巻き込み、事をなされる神がいることを知りなさい。祈りなさい。祈り抜きなさい。弱さを感じた時は、主のもとで休みなさい。新たな力をわたしは与える。主のいる所は、サタンも目をつけているのである。その中で、ふるい分けが起こることを覚えておきなさい。毒麦のたとえ、羊と山羊のたとえのことを思い起こしなさい。いっしょに育ったとしても、何に従っているかによって、最後は明らかになる。途中でそれを阻んだとしても、中途半端になるだけである。あなたは、どんな時にも、わたしに信頼し、なすべきことをなし、従ってきなさい。落胆は不要です・・・

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2011年10月23日 (日)

関係の癒し

「今、見よ。わたしこそ、それなのだ。わたしのほかに神はいない。わたしは殺し、また生かす。わたしは傷つけ、またいやす。わたしの手から救い出せる者はいない。」(申命記 32:39)

子よ。人を真に癒すことができるのは、主であるわたしである。人は人を、関係の中で癒すことがあるかもしれない。しかし、それは永遠ではない。癒した者が、関係の中で、また傷つけたりしてしまう。なんとむなしいことか…。

罪は、人を傷つける。自分も他人も…。人は生まれながらの罪人であるから、容易に人を傷つけてしまい、また、傷ついてしまう。気を配っていても、真理に歩んでいても、人は傷つく。受け取る側もまた罪人であるゆえに、ゆがんで受け取って傷つくこともしばしである。人との関係の中で、この傷が様々な問題を引き起こしていく…。

真の癒しは神より来る。修復できない関係も、誤解もすべて神の御手の中にあることだ。神が動いて下さらなければ、いくら労苦しても、表面上をつくろったとしても、どこかでくすぶり続け、いつか溢れてくる。

神がなさったことである。神は互いの罪を扱われる。神は必ずよいことをなさる。すべてにおいて神の最善がなされる。苦難は苦難で終わらない。苦難の後には、解放と祝福が待っている。そのことを信じ、受けた傷も、与えた傷も、主にゆだねて、祈り続けていこう。主が共にいてくださる!

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