2013年9月29日 (日)

真理への愛を知ろう!!

「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」(ローマ12:2)

世的なメッセージはクリスチャンを生ぬるくする。
真理をゆがめ、神への侮りの道に誘導する。
神は愛の神なので、そんなに厳しいことも、狭い考えでもないよと、安心させる。
しかし、「金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとや
さしい。」(マタイ19:24, マルコ10:25, ルカ18:25)と言われる神が、果たしてどう言われるか?
神の愛は、見せかけのものではなく、私たちをご自身の義の道に導いてくださるもので、時には厳しさを伴うものだ。
それは、真理への愛(2テサロニケ 2:10)と言われているものである。
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厳しい聖書の言葉には、神の愛がつまっている。
私たちが、弱い人間だということを知っておられるゆえに、滅びに向かわないよ
う願って、語っておられる。
原罪を持つ私たちが、神の国に入るためには、心の変革が必要である。
世に流されず、神に導かれることが必要である。
まず、神の愛がある。
世に流されやすい者であると認め、主にすがっていこう。
主が助け導いて下さる!!

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2009年2月 3日 (火)

キリストに信頼する者は、失望させられることがない。

「聖書はこう言っています。『彼に信頼する者は、失望させられることがない。』」(ローマ 10:11)

すべて失望に終わったとしても、主に希望がある。
人間的な思いや計画、望みを超えて、すべてを巻き込み益として下さる主がともにいて下さる。
すべてに失望したとき、人間的な思い、自我を取り扱われ、主への希望だけが残る。
その時、ああ…、主はこのことを教えて下さろうと、私を取り扱って下さったんだなぁ…と悟る。
私への主のすばらしい愛、主がともにいて下さるから、すべてをゆだねて、また一歩進もう。

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すべて失望に終わった時、見えてくる道がある。
残された道は見栄えもなく、ひっそりと延びている道。いろいろな選択肢があった時には、決して選ばなかっただろう道。
今、あなたは何かに失望していないか。そのときこそ、「失望に終わることのない」主に信頼をおこう。
主を信頼し、主の前に静まろう。あなたにも主が招いておられる道が見えてくる……。

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