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2014年1月15日 (水)

「『信仰』という名の虐待」(マインド・コントロール研究書編 いのちのことば社発行)

Sinkou
「落ち穂の会」は、17年前に主に語りかけられた「羊を奪うものの手から羊を守る」という理念に立っていますが、12年前に読んだ下記の詩は、被害者の心をよく表し、心を打ちます。

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小さな羊

羊たちをかばうようにして、緑の丘にたたずむ羊飼いがいる。
その丘から彼の叫ぶ声がこだまする。
「だれがわたしのために行くだろうか。」
「ここに一匹の羊、私がいます。私を遣わしてください。」
どこに、そしてなぜ行くのかわからずに、ただその“小さな羊”は死の谷へと向かった。

死の谷には、あの羊飼いの鳴き声が響き渡る。
彼の涙の滴が“小さな羊”のほほを流れる。
その谷にはたくさんの羊たちの行進が続く。
行く先が死の底だと知りもせずに……
自信たっぷりに、さも満たされているかのように。
しかし、そこには羊飼いなるお方はいない。

谷底で主の栄光を探し求めた。谷底で恵みを与えてくださいと叫んだ。
でもそこで得たものは、数え切れないほどの涙の粒、したたる血、
ムチで打たれた傷と、踏みつけられた痛みのみ……
そこでの掛け声は“もっと早く、もっと熱心に、もっと一生懸命に”
“小さな羊”も声にせきたてられ走り始める。もっと早く、もっと熱心に……
そしてそこで出会ったのは、“立派な指導者”といわれる大きな羊。
鼻高々に“小さな羊”を呼ぶ。「わたしに従いなさい」と。
蹴られ、踏み付けられ
「従順」という言葉のみが谷底では拍手を受ける。

“小さな羊”はその真っ直中でひたすら走る。
疲れ果てた“小さな羊”がやっとの思いで目を上げる。
緑の丘にたたずむ羊飼いの姿がはるか彼方に見える。
さみしそうに、死の谷を見下ろしている。
静かにこだまする羊飼いの声。
「もどっておいで。わたしのもとへもどっておいで。
わたしは良い羊飼い。わたしのもとで休みなさい。」
でも、谷底の羊たちは耳を傾けることなく
ひたすら走る。もっと早く、もっと熱心に。

ついに、“小さな羊”は立ち止まった。流れに反して、そこに立ち止まった。
何十頭もの羊たちに踏み付けられ、蹴飛ばされ……
大きな羊がさらに声をはり上げて叫ぶ。
「信仰!信仰!信仰!もっと早く、もっと熱心に!
我々は緑の牧場をつくりあげるのだから!」
“小さな羊”は血まみれになって、あの緑の丘を見上げる。
「私の助けはどこからくるのだろうか……」
あの丘の上にたたずんでいたはずのあの羊飼いが、
谷底で倒れている血だらけの“小さな羊”のすぐそばにいた。
両手を広げて静かに抱き上げる。

他の羊たちは振り向きもせず走り続ける。
ため息ひとつつく暇もなく、少しの疑いを持つことも許されず……
大きな羊は両手をあげて、かれらをせきたてる。

羊飼いのもとで“小さな羊”は涙する。
羊飼いは彼の血でそまった傷口をそっと拭いながら、やさしく語る。
“わたしの愛する羊よ。よく耐えた。わたしのもとで休みなさい”と。
そして新しい毛皮を着せてくださる。
“小さな羊”は魂の底から叫ぶ。
「主は私の羊飼い。私には乏しいことはない」……
聖なる、聖なる、聖なるかな。万軍の主。全地は主の栄光で満ちる。
(p86-p90)

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「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」(マタイ 11:28-30)

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